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私鉄による住宅事業の開始

戦前の日本では、近代化の過程で社会政策としての公営住宅が細々と供給されていたとはいえ、公的機関が住宅を大量に建設し、住宅難にあっている人たちに直接供給する考えはありませんでした。また、当然そうした法制度もなかったのです。これらの人たちを対象にした零細な貸家業は存在しました。しかし、人口の大都市集中で膨張に膨張を重ねる住宅需要に零細な貸家供給が追いつけるわけがなく、東京、大阪では深刻な住宅難に陥っていました。

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そうした背景のもとで、中所得層を対象にした郊外地での住宅供給が、私鉄資本によって始まります。これが、民間資本の事業として住宅供給が始まった最初の例といっていいでしょう。しかし、この戦前の時点ではまだ「産業」にまでは至っていません。あくまで企業の本業を補う事業にすぎませんでした。私鉄による住宅事業の第一号は、阪神電鉄が一九〇九年に西宮駅前に建設した木造長屋の賃貸住宅三〇戸。翌一〇年には、箕面有馬電気軌道(現阪急電鉄)が大阪府池田室町で、翌一一年には、福博電気軌道(現西日本鉄道)が福岡市西新(当時)などで賃貸住宅経営に乗り出しますいずれも電車の利用客を増やすための事業でした。