翌年のフェンディのショーではシャギーなモヘアのドレスによく似合うグレーのストライプのファー・コートを重ね、その翌年のガイ・マティオーロのショーでは、シルクのパンツにファー・ジャケットを合わせるというように。こうした心変わりに対して轟轟たる非難を浴びたキャンベルは、イギリスの『デイリー・エクスプレス』紙に、毛皮は好きだが頻繁には着ないし、絶滅危惧種の毛皮は絶対に着ない、と述べている。そのずうずうしい二枚舌はメディアを喜ばせたが、気紛れなのは彼女だけではなかった。毛皮は、ファッションには周囲を見えなくさせる力があることを示す格好の例となった。スタイリッシュでいたいという強い気持ちには、一時的に言動を捨てさせる力さえあることを見せつけたのだ。確かに、初めからひたすらに毛皮を愛用し続けた擁護派もいる。だが、心の底では疑問に思いながらも、ただ単にはやっているからという理由でとにかく毛皮を買ってしまった人もいる。ファッション界がある方向に動けば(たとえ自分が賛成しない方向でも)それに従いたいという気持ちにはとても強いものがあるため、みんな喜んで信念を曲げてしまうのである。恥ずかしながら、長年、穏健な毛皮反対派を自認していた私自身もその罠に落ち、危うくプラダのファー・カラーを買いそうになった。すんでのところで思いとどまったが、あとで、そういう考えが頭をよぎったことだけでも恥ずかしく思ったものだ。