なんやかんやいっても、医学部に来たのはまずまず正解やったと思う。とりあえず「医者は自由に生きられる」という具体的なコンセプトは、いまもってさほど間違ってないと思うのや。まず信条の自由が守られる。実際、かの東大闘争は医学部のインターン闘争から始まったわけやが、いまもって闘争を完徹し続けている医者がいっぱいいる。もちろん過激派のように暴力をふるうわけやないが、世の中のシステムや間違った医療と闘い続けても、医者であるから生活には困らない。生活に疲れて脱落していくほかの活動家と違って、生活が確保されているから、自分が間違っていると思うことは絶対しないですむわけやし、闘い続けられるわけや。実際問題として、少し年をとってくりゃ思想の自由など生活が確保されなきや話にならんわけや。ボク自身、学生時代、エエ加減なことをやって、雑誌とかテレビにもちょっとくらい出た。そういうのも就職のときのことを考えないでエエから気楽やった。こんなことを書けるのも医者やからという気楽さがあるからやろう。そしていまでも、あわよくば、有名人になったり、金を貯めて映画を撮りたいとか思っているわけや。そして、ふつうはそういう自由業を選ぶならなんの保証もないもんや。その点、ボクは生活は保障されてるわけや。実際、ボクは映画研究会にいたんやが、まだ映画監督の夢は捨てていない。8ミリの映画なんかでエエセンスしていて『ぴあ』とかで賞をもらうような人で、就職するかどうか悩んだあげくにやはり安定の方を選んだ多くの映画青年を見ているので、一生夢を捨てんですむ境遇に感謝したもんや。