アルファマを舞台にした映画に「リスボン物語」があった。ストーリーは、映画の録音技師が行方のわからない親友の映画監督を捜し歩くという、コメディー・タッチの中にミステリアスな雰囲気をまぶしながらの作品だが、「リスボンには夢がある」という、この映画のキャッチ・フレーズのように、リスボンが目新しいタッチで描かれている。なかでも重要な役どころを演じているのは、ドイツ製の指向性の強いゼンハイザーのマイクロフォンで、下町での雑多な音を忠実にキャッチ、くらしの様子をリアルに再現していくのである。それは子どもの喚声であり、ニワトリの時を告げる声であり、スズノのさえずりであり、たくさんのハトが飛びたつ時の音であった。路面電車がレールを軋ませる音は、カンカンという乾いたような鐘の音とともに、近づいてきた。電話のベルの音もあった。研ぎ屋のまわすモーターの音も聞えた。たしかに、アルファマの細く曲がりくねった坂の多い道を歩いていると、数えきれないほどの音に出会う。住んでいる人は、漁師だとか、波止場で働く男とか、船大工など、海の男たちが多い。身なりだけを見れば豊かでないことがわかる。扉が開け放れた酒場の中からは、仕事を終えた男たちの騒めきが流れてくる。狭い道をはさんだ両側の家の窓では、洗濯物をかたづけながら、おかみさん同士が大声でやり合っている。道端の七輪のうえの鰯の焼けるジュウジュウという音も、けむりの中から聞こえてくるようだ。「リスボンの香り」知らず知らずの夜明け陽が昇るリスボンには月の残り香やがて路面電車の始発の音が河岸に沿って響き渡る雨が降れば約束の地カナンの香り祭り行列にはマンネンロウの香り奥まった路地の居酒屋にはレバーのから揚げとワインの香り、屋根裏窓のカーネーションの鉢芳しく香るリスボソのにほひ船首の高いフラガータ海の幸を売りさばくヴァリーナ皆リスボンならではの芳しさリスボンは花と海の香りがする袋小路となっている道の奥に、ファドの店があった。